ファイナル・コンタクト

第7章

 

  司令部の入口の手前で一は二人に追いついた。司令部に入るにはIDと暗証番号がいる。藤岡中尉が入力する間、一と隅田伍長は辺りを警戒したが敵のいる気配は無かった。入口が開くと中尉から二発砲弾の残っているランチャーを受け取った隅田伍長がまず中に入った。一は伍長から自動小銃を取り戻し、後ろを警戒する。
「クリアです。」
伍長の報告を受けて中尉が中に入る。一は後ろを警戒しながら後ずさりして入った。中尉が入口を閉める。
  司令部の中は荒れ果てていた。隅田伍長の言うとおり広大な廊下が伸びていたが、戦闘が行われたらしく照明があちこちで壊れたままになっており、破壊された
APCや兵士の死体が散乱していた。一たちは兵士の死体にいちいち銃を向けながら進んだ。いつ起きあがって攻撃して来るか知れない。一も中尉も敵の気配を感じていた。
「曹長、どこだと思う。」
「分かりません。司令部の中にいることは確かです。でも、そんなに多くない。」
廊下は延々と続いていたが、途中数知れず枝分かれしていた。その度に枝分かれした廊下の先を警戒しながらなのでゆっくりとしか進めない。
  しばらく進むと
APCも兵士の死体もなくなったが、中尉は本道を直進しつづけた。
「どこまで行くのですか。」
「中央制御室だ。そこで
APCを受け取ることになっている。」
廊下はやがて緩く右にカーブしていき、ここまで来ると照明も完全でかなり明るくなった。一も中尉も近くに敵の気配を感じていた。近づいている。
「伍長、気をつけろ、近いぞ。」
「敵ですか?」
「近くにいる。近くに…。」
だが、気配だけで攻撃は無かった。三人の足音だけが廊下に響き渡っていた。
  結局、攻撃を受けることなく三人は中央制御室の入口の前に着いた。入口は右側の壁に二メートルほど引き込んで付けられていたが、折り重なるようにして兵士の死体が倒れていて
IDや暗証を入力するシステムに近づくことができなかった。三人は顔を見合わせた。普通なら死体はどければそれで済むのだが、今はそうはいかなかった。敵の気配も依然として近くに感じている。藤岡中尉が二人の顔を交互に見て言った。
「進むしかない。曹長、こいつらを警戒してくれ。伍長は廊下の方を。」
隅田伍長は入口と反対側の壁まで走って壁を背にすると、ランチャーを構えて左右を警戒する。一は自動小銃の安全装置をかけると、両手で持った。撃っても意味が無いので、鈍器として殴るしかない。かといってこの至近距離から手榴弾やランチャーを使ったのでは共倒れである。それを見て中尉は死体をどけ始めた。
「勘弁してくれよ。」
中尉はそうつぶやいて死体を一つ一つ乱暴にどけていった。死体を四つどけると入口の右側にある暗証入力装置に手が届くようになった。中尉はさらに足もとの一体をどけると暗証の入力を始めた。一は死体を眺め回していたが、入口が開いたのに気付いて顔を上げた。目の隅に動くものを捕らえて入口の左側を見た一は、一瞬凍りついた。入口の左側に凭れかかるようにしていた死体が、その姿勢のままランチャーを構えていた。
「伏せろ!」
叫びざま一は自動小銃を投げつけたが、それより早くランチャーが火を吹いた。

  一は両手で上半身を支え上げ、ゆっくりと頭を振った。四つん這いになったが、耳が鳴ってくらくらし再び頭を地面に付けた。しばらくそうしていたが、意を決して頭を上げ振り返った。さっきまで自分が立っていた位置より廊下の奥の方へ飛ばされたらしく、入口は壁に隠れて見えなかった。フェイス・マスクや鉄兜、甲冑の一部が廊下に散乱している。入口と反対側の壁の方では隅田伍長が立ちあがろうとしていた。ゆっくりと四股立ちになって立ちあがると、身体の節々に鈍い痛みがあったが重大な怪我は無いように感じた。一は伍長に右手を広げて見せると、入口に近づいた。折り重なっていた死体は崩れ、一体だけ廊下の真中に倒れているのが微かに腕を動かしている。一は近づいて覗きこんだ。藤岡中尉だった。慌てて抱き起こしフェイス・マスクを外すと、もう目がうつろだった。
「中尉殿、中尉殿、しっかりしてください。」
一が中尉の目を覗きこんで呼びかけると、中尉は目の焦点を一の顔にを合わせた。
「中尉殿、渡部です、分かりますか。」
中尉は何か言おうとしたが声にならない。ゆっくりと右手で何かを一の顔の前に差し出した。電子キーのカードだった。一は中尉の手ごと電子キーを握った。中尉はもう一度何か言おうとしたが声にならず、微笑を浮かべようとして顔を少し歪めるのが精一杯だった。力を失った中尉の頭が右に落ちるように捻じれていくのを、一は全身を震わせて見ていた。そして廊下の奥の方を振り返ると、しゃがんで中尉を覗きこんでいる隅田伍長に言った。
「中尉を抱き起こしていてくれ。奴らを倒すところを見せたい。」
一は藤岡中尉を隅田伍長に委ねると立ちあがって超音波発信機のスイッチを入れた。敵は廊下の奥にいた。それが今ははっきりと分かる。甲冑や死体に直に取りついて操っていたのではなかった。一は敵を相手にするのに常識に囚われていた自分を悔やんだ。
「逃げてみろよ。逃げることにしたんだろう。」
だが、敵は逃げなかった。一はレーザー銃で左にいる方を撃った。爆発に身じろぎもせず、続けて右の方も撃った。
  ゆっくりとレーザー銃をホルスターにしまい、超音波発信機のスイッチを切って一は振り返った。隅田伍長が中尉の両目を閉じ静かに横たえた。一は廊下のはるか向こうから兵士たちが続々と近づいてくるのに気付いた。素早くしゃがんで中尉の右手から電子キーを取ると伍長に言った。
「新手が来る。急ごう。」
伍長は振り返って近づく兵士たちを見ると、すぐにランチャーを握って立ちあがった。一は先に立って中央制御室に入り、隅田伍長が入るとドアを閉めた。
  中央制御室は黒又山の基地や規模の大きなシェルターと同じ構造だった。入るとホールがあり、奥の天井近くの壁に消えたままの大スクリーンがある。スクリーンを見上げるようにコントロール・ユニット席が並んでおり、現代のコンピューター・デイスプレーが運び込まれていて、中央にある一段高い席のディスプレーのみが点灯していた。一は素早く辺りを見回したが、人間のいる気配も敵の気配もまったく無かった。
「入口を警戒してくれ。」
伍長に小声で指示すると、一は中央の一段高いコントロール・ユニットに向かった。
  指揮官の席である中央のコントロール・ユニットのディスプレーには、風を受けてざわめく、燃えるような緑の森林をモチーフにしたスクリーン・セーバーがかかっていた。一がキーボードに手を伸ばすと、指を触れる前にスクリーン・セーバーが消え軍のフェイス・マスクと鉄兜、甲冑を着けた胸像が浮かび上がった。背景にはやはりざわめく森林が使われている。
「あ…。」
隅田伍長の声に振り向くと、伍長は大スクリーンを見上げている。伍長の視線を追って大スクリーンを見上げた一は、大スクリーンが点灯し奇妙な模様が横に流れているのを見た。
「ご苦労、中尉。よくたどり着いた。」
コントロール・ユニットのスピーカーからコンピューターが合成した平板な女の声が聞こえた。一が視線を戻すと、コントロール・ユニットのディスプレーにも大スクリーンと同じ模様が表示されており、その下に女の声が言った言葉と同じ文字が並んでいた。一はキーボードから入力した。
“藤岡中尉は戦死した。”
「キーボード入力は不要だ。ユニットのマイクを使え。方言も訛りも問題無い。で、お前は誰だ?」
「人に名前を聞くなら自分から名乗るのが礼儀だろう。」
「お前は司令部の参謀府にいる。報告するのは義務だ。」
「名を知らぬ奴に報告などする義務は無い。あんたが誰なのかも分からん。」
しばらく沈黙があった。それから相変わらず平板な女の声が言った。
「余は阿蘇部王だ。」
「王だぁ?」
「そうだ。お前たちの支配者だ。お前は誰だ?」
一はしばらく黙ったまま、コントロール・ユニットのディスプレーと大スクリーンを胡散臭そうに見較べた。
  ドアの辺りで鈍い音がして、一は振り返った。隅田伍長がドアから飛びすさって、ドアに向かってランチャーを構える。
「心配無い。奴らは暗証でドアを開けることはできない。爆破も困難だ。さあ、名乗るのだ。お前は誰だ?」
一はそれでも探るようにディスプレーと大スクリーンを見較べていたが、ぶっきらぼうに名乗った。
「渡部曹長。」
「もう一人は?」
「隅田伍長だ。」
「そうか。曹長、お前が生き残ったのは計算外だったが、伍長と二人生き残ったのは重畳だ。それにしても、お前は余が王と名乗ったのにもかかわらず態度が横柄だ。」
一はディスプレーの胸像を睨み付けて言った。
「あんたが俺の前に現れてツラを見せたら対等に扱ってやる。」
「対等に?」
「尊敬するか軽蔑するかはツラを見て話を聞いてから決める。」
「プライドがあるのだな。」
「プライド?こんな惨めな星の上にそんなものがあるか?」
「プライドは星にあるのではない。人間の心にあるのだ。」
「哲学問答をしたくて呼んだのか?」
「いや、命ずべき任務があるから呼んだのだ。人類最後の希望にかかわる重大な任務だ。」
一は振り返って隅田伍長を手招きした。伍長は入口に一瞥をくれると、中央のコントロール・ユニットに登ってきた。その間女の声は沈黙していた。
「俺たちが見えるようだな。」
「そうだ。この司令部の内外はすべて見える。廊下の奴らは躍起になってドアを破ろうとしているが、所詮時間の無駄だ。彼奴らは一万八千年経ってもちっとも進歩しない。戦い方を知らんのだ。」
「見ていたのなら、なぜ俺を中尉だと思った。」
「見ていたが、入ってきた二人が誰だか分からなかった。」
「あれだけでかい声でしゃべっていたのにか?」
「音声はこのマイクでしか拾えない。もういい、そんなことは、もういい。任務を与える。」
「だめだな。」
「なに?」
「まだ俺はあんたが司令官だと納得したわけじゃない。」
一は隅田伍長を振りかえった。伍長は黙っている。
「隅田伍長も同じ意見だ。まず出てきてツラを見せろ。すべてはそれからだ。」
また、しばらく沈黙があってから合成音声が答えた。
「余は最初からお前の目の前にいる。」
「画面のアニメのことを言ってるんじゃない。あんた自身俺の鼻先に出て来いといってるんだ。」
「余は最初からお前の目の前にいる。お前の目の前にあるユニットの下に余はいる。」
一はいらついた声で怒鳴った。
「だからここに出て来いと言ってるんだっ。」
「余はここから動くことができない。」
「なにいっ?」
「余はこのユニットを通じてしかお前たちとコミュニケーションできない。お前たちが運び込んだこの原始的な機械を通じてしかな。お前たちは余が一族でありながら余が言葉を忘却し、余が言葉を日向(ひむか)族が言葉に翻訳する必要がある。ようやく実用に足るレベルの翻訳ソフトウェアができたところで戦争になった。」
  一は黙ってディスプレーを見詰めたまま、必死に頭を働かせていた。阿蘇部族の言葉は死滅してしまいもう誰にも分からない。だからこそ先祖から受け継いだ設備や機械も、勝手に動き続けている動力以外は使えないのである。ところが、この王と名乗る者は自分は阿蘇部族の言葉を使っていて、コミュニケーションには翻訳が必要だと言う。しかも、コントロール・ユニットの下にいて動くことができない。一は混乱して尋ねた。
「あんた、何者だ?」
「余は阿蘇部王だと言ったはずだ。」
「そうじゃない。あんた、人間か?」
また沈黙があった後、相変わらずまったく抑揚の無い声が答えた。
「余は阿蘇部王だ。阿蘇部族のすべてだ。余はかつて敵と戦い、そして来るべき再戦に備えてきた。彼奴らの情報を記録し、彼奴らの動静を探ってきた。お前たちが退廃し、
DNAに記録し得るごくわずかの記憶しか保持し得なくなった間もな。そして、お前たちが乏しい記憶から自らの出自を思い出すのを待ち、また、思い出させるべく努力した。記憶を持つDNAに働きかけ続け、数千年の間民族が滅亡しないように守護し続けたのだ。左右田のように余とコミュニケーションできる媒体を使ってな。」
一は伍長と顔を見合わせると、横目でディスプレーを見て言った。
「神だ、と言うつもりか?」
「ちがう。余は王だ、神ではない。」
一はあることを思いついて、大スクリーンを見上げた。そしてディスプレーを見、その下のコントロール・ユニットを見た。そしてゆっくりと顔を上げて隅田伍長を見ると振り返ってマイクに向かって尋ねた。
「人工頭脳なのか?人工頭脳なんだな。」
少しの沈黙を置いて、抑揚の無い答えが返ってきた。
「ちがう。だが、お前たちに理解できるように言えばそう言うのが早道かもしれない。余は一万八千年程前、余が一族を引き連れこの原始的な土地にやって来た。余が一族は戦いに秀でていたが、技術や産業を握る部族のほとんどが死滅してしまい、文明を保つことができなくなることが明らかだった。余は余が持てるすべての能力と記憶を保つ必要に迫られた。余の次の世代ではそれができなくなるからだ。」

つづく

次章へ進む→
前章へ戻る←

感想をお聞かせください  momito@gungoo.com

注1)この物語はすべてフィクションであり、実在の人物、団体、建造物、地域とは一切関係ありません。

注2)本文中の会話はすべて標準語に翻訳してあります。